catch the CAT,
love into glad & hold me tight
by the hands
前が見えなくても歩く事はできる。
途中で何度転ぶのか、想像もつかないけれど。
☆ ☆ ☆
わたくしといふ現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)
☆ ☆ ☆
明滅、きらきらと、瞼の裏で輝くもの。明るい未来。開けた展望。恐れのない世界、泣くことも痛むこともなく、笑っていられるまばゆい色彩。わたしの指で光を反射し続ける指輪のように、きらきら、きらきらと。
☆ ☆ ☆
「――行かないで、」
ここにいてよ。
喉渇いたろ、何か取ってくるよ――という言葉を、覚醒し切らない意識の隅で聞いた。
触れ合っていた体が離れた次の瞬間、そこからごうごうと全身が冷えていく。体温が急激に発散され、失われて、何かが真っ暗なところへ閉じてしまう感覚。凍りついていくようなイメージ。死んだように動けなくなるイメージ。真っ白なシーツの海から手を伸ばしたのは、だからきっと、それを止めるためだけに。
「……ここにいて、」
これは閉じた瞼の暗さなのか、照明を落とした部屋の暗さなのか、それすらもよくわからなかった。ぼんやりと霧がかったような頭の中。無理に揺り起こされた時に似ている。暗闇の中で伸ばした指先に触れたものを、ただ強く引き握る。
やがて目が慣れ、驚いたような相手の顔が見え始める。
「行かないで」
遮光のカーテンを開けば、もしかしたら昇りかけの朝陽が見えるかも。そんな朝。終わりを告げる残酷な時間。
それでもここは寒い。陽光はまだ遠く、影と自分は明確に分離しないまま、今はひとつになってしまっている。
ここは、寒い。寒いんだ、だから。
「ここにいて」
懇願するように繰り返すわたしの声は、想像していたより少しだけ固い響きを持っていた。喉がはりついてしまったようで、声が上手に出せない。それでもすぐ隣にいる猫の耳にはちゃんと届いたらしく、見開かれていた金の双眸は次の瞬間ふっと柔らかく笑ってくれた。
猫はちょうどベッドから床へ降りようとしていたところだったが、起き上がれないままで腕だけを伸ばしているわたしの髪を、優しい手つきでふわりと撫でる。
「……わかった」
返ってきた言葉にわたしは安堵の笑みを浮かべ、掴んだままの――どうやら彼の手首であるらしいところを――ぐい、と引いた。その体ごとシーツの海へ引き込む。うわ、と慌てたような声には構わず、思い切りその胸にしがみつく。さっきまでと同じ、熱の逃げない、温かなかたちになるように。
ふたつでひとつなんて無謀も試みるだけなら許される?
「大丈夫だから。逃げないよ」
「猫なのに?」
「猫だけど」
「うそ。猫、逃げる」
「逃げないよ」
わたしは渋々といった表情を作り、抱え込んでいた猫の右腕を解放する。するとそれはあくまでも優しくわたしの背中へ回り、子供をあやすようにぽんぽん、と軽く叩いた。
ちゃら、と頭の上で金属の音がする。
自分が渡した首輪の音だとすぐに分かった。その色や形や、重さ、大きさ、鑑札代わりの鈍色のピックがどんな風に光るかを、できるだけ克明に思い浮かべる。
そうして、想像した。その首輪をつけてわたしをあやす彼の姿と、きっと少し困ったように苦笑しているだろうその顔を、わたしは客観的に見ることができない。だから、できるだけリアルに近付くよう、想像した。
「……にゃあって鳴いて、銀」
にせものだけどほんもののなまえで。
あさになったらじょうずにわらえる、だからいまだけ。
「にゃあ」
猫はわたしの言う通り、少し悪戯っぽい声でにゃあと鳴いた。
わたしは鎖骨のくぼみのすぐ下に、触れるだけのキスを落とす。
唇に伝わるのは人間と人間が触れ合うときのあの正真正銘の熱だけで、安心したわたしはそのままゆっくりと瞼を下ろした。
顔を伏せ、たった今口付けたところへ額を当てると、猫はまるでそれに応えるようにして少し、回した腕に力を込めてくれた。
☆ ☆ ☆
……
銀。
ごめんね。
抱きついてるの、痛くない?
大丈夫?
……ありがと。
うん。
温かいね。
外、寒いんだろうね。
冬だもん。
関係ないかな。
猫はこたつで丸くなる季節だね。
あはは。
雪合戦、今年は、できるかな。
……寒いね。
え?
大丈夫だよ。
ごめん。
全然、平気なんだよ。
優しいね。
そういうとこ、
すーごく好きだよ。
好きだよ、
銀。
玲司。
銀。
どっちがいい?
どっちでもいいか。
好き。
えへへ。
やだ、何回でも言う。
だってこうしてると気持ちいいの。
それって、好きってことでしょう?
あいしているってことでしょう?
わかんないけど。
きっとそうなんだよ、ね。
……ああ、喉渇いたね。
顔、暗くて、見えない。
笑った?
笑ってる?
違う?
怒ってる?
違うの?
え。
ほんとだよ。
大丈夫だよ。
声?
声は、
ほら。
寝起きだから、それにさっき、出したから、
いつもと違う? そうかなぁ。
心配しないで。
しないで。
泣いてなんかないよ。
どうしてわたしが泣くの?
今、
こうやって抱きつける人がいて、
それはあいしているってことで、
誰かを愛しているってことで
痛いのも、苦しいのも、辛いのも、
愛の前では真っ白になって消えちゃうでしょう?
……だから何があっても、
わたしは大丈夫なんだよ。
この体には愛しかつまってないのです。
そうだったらいいなって、思うんだ。
ねぇ、
そうだったら、
すごくいいと思わない?
銀。
いい子。
優しいね。
好き。
ごめんね。
今は、顔、見ないで。
(理由もない泣き顔なんて、見ないで)
(気付かないふりを要求するわたしを、どうか、どうか、許して)
☆ ☆ ☆
瞼の裏に光を、両腕には熱を探す。ずっとずっとそれを繰り返している気がする。愛しかないなんて嘘、わたしの体の中にはきっと、愛と同じくらいたくさんの嘘がある。もしかしたらその二つはもうどろどろに溶けあって、飛び込んだら逃げられないくらい、二度と離れないくらいに渦巻いているのかもしれない。見えないものや、聞こえないものや、触れないものを欲しがって、恐れて、好きになって、嘘をつく。
好きになるだけ、嘘をつく。
ごめんね、
そんな陳腐な台詞、一体どこまで届くだろう?
一体どこまで届いてしまっているだろうか。
☆ ☆ ☆
(猫を首輪で繋いだら、皇かなその背にたくさんのキスを)
(何度でも何度でも、両腕から零れるくらいの愛で笑ってるから)
(そこへ絡まる嘘を見抜いても、……ね)
(お互い様――だから)
世界は相変わらず暗くて寒くて静まり返っている。どちらのものか判らない心臓の音だけが、規則正しく聞こえているだけ。どくん、どくん、どくん、どくん、どくん。バカ、と言われたような気もするし、もしかしたらそれだって都合のいい幻覚だったのかもしれない。瞼を閉じてもそこにはただ暗い平原が広がっているだけで、けれども、わたしが焦がれてやまないもの、きらきらと眩しいあの光が、そこに一瞬だけ見えたような気がしてしまうのだ。
「ちょっとだけ、寝るね」
「おう」
「このままでいい? ……えと、抱きついてても」
「勿論、ご主人様」
「……あははっ」
「ふふ」
「おやすみ」
「ん、おやすみ……」
「銀」
「何?」
「好き」
「……ああ」
「知ってるよ」
いやになるほどわかっている。その、愛を。
自分が何を欲しがっているのか、誰を欲しがっているのか、そろそろわからなくなってしまった。午后の柔らかい光だとか、平らかに続いている道だとか、きっとそういう類のものだとは思うのだけれど。振り回されているのか振り回しているのか、それは果たして故意なのか違うのか、(恋なのか、違うのか。)形のない何かを欲しがるくせに、それを掴んで離さないだけの強い力を、わたしはきっと持っていない。
「……だろうね」
光は保ち、その電燈は失われ
だから手探りで進むしかないのだとずっと前から知っていた。
そして上手になり過ぎた。
転ぶことは痛いのだと、迷うことは怖いのだと、手を引いてくれる優しい誰かが自分の人生にも存在するのだと。
わかって――しまった。
ひかりはたもち、そのでんとうはうしなわれ――
あの唯一に全て捧げて生きていきたいのに。
誰かを愛して誰かに愛されて、そうしていないと、寒くてもう歩けない。
明滅するサーチライトを、わたしはまだ見つけられずにいる。
☆ ☆ ☆
すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます
――宮沢賢治 『春と修羅』序
end.