死んだ姉の服を箪笥から引っ張り出す作業は、大体にして困難を極めた。
それらときたら何も考えずぐちゃぐちゃに詰め込まれてしっかりと圧縮されている上に、どれもこれも原色でヒラヒラで、恥ずかしい程の時代錯誤なデザインを突き詰めているものばかりだった。
一番種類が多いのがツナギ、のようなもの、おそらく特攻服とか言うのだろうが一体どうして虹のような七色が揃っているのか。その次が異常な丈のスカート、確かに姉は長身だった気がするがこれでは足首まで届いてしまうはずだ。そしてその次がサラシだと言うのだからもう呆れる。他に、ないのか。
あたしと姉は最初のうちは黙々と、中盤に入ってからはうんざりと、最終的にはもういっそ笑えてしまいそうな気分だったが、何とか押し殺して作業を続けた。
「ブラウスとか、ね。ないのかな。普通の」
「ないんでしょう」
「だろうね。ないね」
それぞれどちらが言った台詞だか忘れたが、まあどうでもいい。どちらでも同じだ。
突然故人となった姉の遺品を形見分けとして分配する際、彼女の洋服一式は全てあたし達姉妹のものとなった。なった、のだが、今となってはそれも疎ましい。
特攻服とサラシなど、まだやっと十になったばかりのあたし達が着れるはずもないし、というか着たいとも思わない。それはあたし達二人の共通意見だった。
箪笥の中で唯一まともだったのは下着くらいのものだが、流石に下着までお下がりを貰いたくない。
「……びみょうだったね」
「しかたないよ」
「どうする?」
「捨てる?」
「古布、でいいの? それってどうやって捨てるの?」
「……燃しちゃおうか」
「いいの?」
「いいんじゃない?」
姉の部屋の押入れを漁り、なぜだか沢山あった伊勢丹の紙袋に、七色特攻服やらサラシ包帯やらを詰め込んで抱え、あたし達は子供特有の足音を立てて、ばたばたと裏庭へ向かった。
腕の中の紙袋で、白い下着が申し訳なさそうに小さくなっていた。
鯨布を捲り上げ乗り越えて、辿り着いた裏庭は閑散としていた。
両親は姉の死についてどこかのお偉いさんと話し合いに行ったので、今日はどちらも家にいない。
視界を塞ぐ高い塀の外では、部下の強面達がうろうろしていることだろう。
「誰かいる? 今からちょっと火焚くけど、大丈夫だから気にしないで!」
おそらく塀の向こう、或いは家の中の強面達に向けて姉が叫ぶ。すると想像していたよりも遥かに大きな声で、うっす、はい、了解しやした、などとばらばらに返答があった。
生まれた時からこの家にいれば、極道の扱い方も慣れるのだろうか。
顔つきも物腰も無骨な彼らを、あたしは未だに少し怖がっているのだが。
あたしの心中を他所に、姉は少し満足そうな顔で極道達にうん、と返し、いつの間に持っていたのか、ポケットから百円ライターを取り出した。
「いいよね、燃しちゃえ。着ないし」
「着たくないからね」
「うん」
裏庭の土の上に、紙袋の中身をぶちまける。雑草すら生えていない硬い地面に、悪趣味な色の洪水が広がる。剥き出しにするのは流石に気が引けて、下着は服の山の下に突っ込んだ。
「点けるよ?」
「点けてよ」
歯車を回す音。シュッ、カチリ。
火のついた黄緑色の安っぽいライターを持ったまま、姉がしゃがみ込む。
――点火、
色の洪水は変わらない。
「点かないね?」
「点いてるよ。でも広がらないね。もっと押し付けようか」
「……あ、点いた」
「倫危ない、離れないと靴燃える」
「……わかってる」
きっと化学繊維がたっぷりと入っていたのだろう、一度火の点いた虹色特攻服はおそろしい程よく燃えた。
あっという間にひとやまの炎が出来上がる。
あたし達はぼうやりそれを眺めた。
季節は秋初めだというのに、ぱちぱちと暑くて汗が流れる。
肌が乾燥していく感覚があった。
たまに背中に感じる視線は、心配した強面共のそれだろう。姉も同じものを感じているらしく、時折ちらりと視線を動かしていた。
虹色はだんだんと灰色に変わっていく。
乱雑に積み上げた山の形を保ちながら、ゆっくり、ゆっくりと灰に変わる。
ライターをポケットに仕舞いながら、姉が言った。
「死んじゃったね」
「……そうだよ」
「……服、びみょうだったね」
「……うん」
「あたし達じゃ着れないもんね」
「着たくないよね」
「うん」
「……はじめ姉は、ああいうの、好きだったのかな」
「……似合うね」
「ね」
「――もしあたし達のどっちかが死んでもさぁ、こうやって燃すのかな」
「え?」
「やっぱ、要らないじゃん。あたし達、最初から、同じのを持ってるから」
あたしと同じ顔をした姉は、姉と同じ顔をしたあたしを見据える。
わずかに首をかしげ、なぜだかヒヒッと笑った。
巨大な焚き火を挟んで、あたし達は見詰め合っている。
ぱちぱち
ぱちぱち。
暑くて熱くて眼が乾く。
「……デリカシーないね。お姉ちゃん」
「へ? なにそれ?」
あたしはやっとの思いで一言だけを絞り出したが、ぽかんと聞き返されて脱力した。
きっと、デリカシーという単語の意味から説明しなくてはならないのだろう。
双子だからって何でも一緒にする奴らに、こういう差異を教えてやりたいものだ。
仕方なく、まるで誤魔化すように、あたしは切れ切れに言葉を繋ぐ。
「だから……、その、……はじめ姉が死んだばっかりなんだから、そういうこと言っちゃいけないんだよ。デリカシーないって、そういうことだよ」
「そうなの? ごめん。わかった」
あたしの嘘を見破れずに、姉はあっさりと頷いてしまう。
――見破れないくせに。デリカシーの意味も知らないくせに。あたしよりずっと、子供なくせに。
「――ばーか」
「はあ? なに突然?」
「あたしが死ぬと思ってるんでしょ」
「は?」
「さっき、悧華、あたし達のどっちか死ぬって言った。死ぬのは倫だって思ってるんでしょ」
「……思ってないよ。なんでさ」
訝しげに口を尖らせる。拾った小枝でざくざくと土を掘る、子供みたいな仕草。あたしと、同じ顔、同じ身体。やめてよ、そんな子供みたいなこと、しないでよ。
「……倫は、……あたしは、」
倫は悧華に敵わないから。部下に対して堂々と振舞うことも、咄嗟に何か判断することも、全て悧華の方が勝っているから。
同じものが二つあって、どちらかが消えなければならないなら、より悪いものから消えるのが、自然の摂理というものだから。
きっと死ぬのは倫の方――
――そう思っているのは、あたし自身だ。
「たとえ話だよ、倫」
悧華は優しくそう言った。
あたしはますます俯いた。
二人を隔てる、真っ赤な炎。
「……」
「……」
「……」
「……暑いね。」
「……うん」
「はじめ姉も、暑かっただろうね」
「燃えたから?」
「うん」
「燃えたんだよねえ……」
「……燃えたんだよ」
いつの間にか、炎は小さくなっていた。服の山からは色が燃え尽き、たまに吹く風で灰が飛んだ。
止めるでもなくそれを眺めるあたしに、きっと今頃ブラジャー燃えてるんだと、デリカシーのない姉が笑った。
end.
グリカと倫。小さい頃に姉が死んでます。交通事故。
初(はじめ)姉さんはレディースでした。
双子だけどコンプレックス。
070304
文/つばめ