おかあさん、おかあさん
 こわくないよ、
 だいじょうぶだよ
 せせり、ずっとそばにいるから、
 いなくなったりしないから。

 ――嘘。嘘、うそよ。いなくなるんだわ、みんな。

 どうしてなくの、おかあさん。
 うそなんか、つかないよ、
 うんとながいき、するよ、
 それで、おかあさんをだっこしてあげるよ、
 あたまも、なでてあげる、
 ほんとうだよ
 ほんとだよ?

 ――あなただって、私を置いていくのよ。もう、それは、間違いないことなの。

 そんなこと、ないのにな。

 ――忌み子。呪い。穢らわしい。
 ――どうしてお前などが。
 ――この家に。


 ねえ、おかあさん、
 どうして、みんな、せせりのこときらいなのかな。

 ――だって、あなたは。
 ――あなたは。


 おかあさん?

 ――厭よ、いや、置いていかないで、いなくならないで。

 おかあさん。
 なかないで。
 おかあさん。




 あの時わたしは小さくて、ものの道理も事象の理屈も、何ひとつ分かっていなかった。ただ、頼りない自分のてのひらで、必死で、大丈夫だからと繰り返すことしか知らなかった。そんな弱さで、あの人を救おうと想っていた。
 今はもう、知っている。あの人がいつも泣いていた訳も。わたしが好かれなかった訳も。

 指先を蝶に変えてみる。
 わたしの意思によって、崩れた指先は制御され、蝶の形を得て、ぱたりぱたりと羽ばたき浮かぶ。その動きをじっと見て、昔よりも鈍ったな、なんて、どこか冷静に考える。
 シナプスが灼き切れるあの興奮、全身でひとつの武器になるような恐怖、寒気、熱、熱、脳のどこかを凍結させて舞う、腕を翳す、振り下ろす、ばたばたと人が倒れる音を静かに笑って聴く時に、悲鳴じみた歓声を上げる、自分の中の何か。きらきら、きらきら、何かが光っていた。いつも、何かが、視界の隅で光っていた。
 もう、きっと見えない。
 あの頃と同じ鮮烈さは、もう手に入らない。


 初めて"そのこと"を知ったのが幾つの時だったか、もうすっかり忘れてしまった。遠く、遠く、思い出せないくらい昔のこと。それでもわたしの場合諸々の事情が絡み合っていたから、他の子よりは知るのが遅かったのだろうと思う。
 自分の生きられる時間は、決まっている。
 まるで能力の代償のように。

 ――だって、あなたは、異端でしょう。
 ――すぐに死んでしまうのでしょう。


 この世を人外魔境にしないための、自然の摂理、淘汰。
 わたしたちは、ながくはいきられない。
 きっと時間はあと少し。

 誰よりも早く死にたかった。
 この、小さな、小さな世界から、誰かがいなくなるなんて、きっとわたしは耐えられない。
 誰よりも早く、死にたかった。

 同じ立場の仲間達が、
 大好きな人が、
 世界から消えていく、前に。


 それがエゴだと、傲慢だと、
 知ってたけど。




dos / continue