おかあさん、おかあさん
こわくないよ、
だいじょうぶだよ
せせり、ずっとそばにいるから、
いなくなったりしないから。
――嘘。嘘、うそよ。いなくなるんだわ、みんな。
どうしてなくの、おかあさん。
うそなんか、つかないよ、
うんとながいき、するよ、
それで、おかあさんをだっこしてあげるよ、
あたまも、なでてあげる、
ほんとうだよ
ほんとだよ?
――あなただって、私を置いていくのよ。もう、それは、間違いないことなの。
そんなこと、ないのにな。
――忌み子。呪い。穢らわしい。
――どうしてお前などが。
――この家に。
ねえ、おかあさん、
どうして、みんな、せせりのこときらいなのかな。
――だって、あなたは。
――あなたは。
おかあさん?
――厭よ、いや、置いていかないで、いなくならないで。
おかあさん。
なかないで。
おかあさん。
※
あの時わたしは小さくて、ものの道理も事象の理屈も、何ひとつ分かっていなかった。ただ、頼りない自分のてのひらで、必死で、大丈夫だからと繰り返すことしか知らなかった。そんな弱さで、あの人を救おうと想っていた。
今はもう、知っている。あの人がいつも泣いていた訳も。わたしが好かれなかった訳も。
指先を蝶に変えてみる。
わたしの意思によって、崩れた指先は制御され、蝶の形を得て、ぱたりぱたりと羽ばたき浮かぶ。その動きをじっと見て、昔よりも鈍ったな、なんて、どこか冷静に考える。
シナプスが灼き切れるあの興奮、全身でひとつの武器になるような恐怖、寒気、熱、熱、脳のどこかを凍結させて舞う、腕を翳す、振り下ろす、ばたばたと人が倒れる音を静かに笑って聴く時に、悲鳴じみた歓声を上げる、自分の中の何か。きらきら、きらきら、何かが光っていた。いつも、何かが、視界の隅で光っていた。
もう、きっと見えない。
あの頃と同じ鮮烈さは、もう手に入らない。
初めて"そのこと"を知ったのが幾つの時だったか、もうすっかり忘れてしまった。遠く、遠く、思い出せないくらい昔のこと。それでもわたしの場合諸々の事情が絡み合っていたから、他の子よりは知るのが遅かったのだろうと思う。
自分の生きられる時間は、決まっている。
まるで能力の代償のように。
――だって、あなたは、異端でしょう。
――すぐに死んでしまうのでしょう。
この世を人外魔境にしないための、自然の摂理、淘汰。
わたしたちは、ながくはいきられない。
きっと時間はあと少し。
誰よりも早く死にたかった。
この、小さな、小さな世界から、誰かがいなくなるなんて、きっとわたしは耐えられない。
誰よりも早く、死にたかった。
同じ立場の仲間達が、
大好きな人が、
世界から消えていく、前に。
それがエゴだと、傲慢だと、
知ってたけど。
dos / continue