siki jitsu - 02 

――いつも笑っていようと思った。
誰のことも赦せる人になろうと思った。
――あの子が笑ってくれたとき、生まれて初めて赦された気がした。
それは、泣きたくなるくらい幸せなことだった。




おばさま!
おばさま、どこ? どこ?
あのね、きいて、
知らないひとがいたの、
門のところ。

男のひとと、女のひと。おじいさまと、おばあさま。
女のひとは、赤ちゃんをだっこしてて、
赤ちゃん、白くて、やわらかそうだったなぁ……。





おばさま、おばさま!
おきゃくさま、お泊まりするんだね。
赤ちゃん、かわいかった。
あのひとたちのお名前、なあに?
……だめ?
……そっか。
おじいさまと、おんなじなのね。

だいじょうぶだよ
見つからないようにする。
だいじょうぶ。

……「ぶんけ」の、冬嗣大おじさまと、夏一大おばさま
うん、覚えたよ!
おじいさまも、きょうだいがいたんだね
とうし、と、なついち、かあ……
うふふ、おばさまのお名前と、ちょっと似てるね?
おばさまは、なつむしで
おかあさんは、はるか。
一緒にいた赤ちゃんは、あきらくん……

……
おばさま、おばさま
せせりはね、せせりって名前、すき。
おかあさんが付けてくれた名前だから、だいすき。





 本家に生まれた者には代々、季節の字を含んだ名前が付けられる。
 それは、当主を産む本家とそれを守り立てる分家を、明確に分けるひとつの指針となっている。
 特に蛇ノ目の家のように、古い時代の家長制度がまだ生きている場合においては、本家当主というものは絶対的に強い。

 数十年前、分家二つの跡継ぎが戦死した。
 本家の次男・長女だった冬嗣と夏一はそれぞれ跡継ぎとして分家に入った。
 本家が分家に混じるということを問題視する声は多く、相当な協議が交わされたが――最終的な回答は、時局に大きく影響されるものとなった。
 つまり現在、本家にも分家にも、血筋として見れば殆ど差はない。
 それでも彼らはもう分家の者であり、本家と分家は絶対的に別たれている。

 季節の名は、生まれながらに認められているしるし。
 その時、本家には二人の例外がいた。
 季節の名を持つ長女の春歌と、
 直系の本家筋であるにも関わらず、季節の名を持たない、春歌の娘。

 二人の例外によって本家は揺れていた。
 それでも分家の者が季節の名を得ることはなかった。
 秋生まれのその赤子には、「彬」という名が付けられた。
 命名の前、赤子の祖父が「秋良」と記した半紙は、誰にも見せることなく捨てられた。




おばさま、あきらくん、ちっちゃいね、かわいいね。
おとといも、きのうも、縁側でひなたぼっこしてた。
今日はね、せせり、そうっと傍にいったんだよ
あ、だいじょうぶ、
大おじさまたちは離れで何かお話をしてて、そこにはいなかったの

あきらくん、小さかった
ふにふにしてた。
せせりの指、あきらくんが握ってくれて、
きゃあ、きゃあって、あきらくん、笑ってて
せせりのこと見ても、笑ってて
――うん
えへへ
うれしかった

せせりのこと見ても、だれも笑ってくれないから
おかあさんも、おじいさまも、お手伝いさんも
――おばさまも。

うれしかった。


……だけど誰かの足音がしたから
それ以上、あきらくんとは、いられなかったよ。



 

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