siki jitsu - 07 

――私はあなたの愛に値しないと思ふけれど
あなたの愛は一切を無視して私をつつむ




『お母さんへ』


 お母さん、今お母さんがいるその世界で、わたしはきっともう生きていないと思います。
 わかりづらい場所に隠したこんな手紙を、見つけてくれてありがとう。

 お母さんを苦しめるような死に方、しなかったかどうかが心配です。
 もしそうだとしても、お母さん、
 気に病むことなんて何にもないの。
 お母さんは、何にも悪くないんだよ。

 わたしの身体が消えても、それに伴う意識が消えても、
 それでも、わたしはお母さんのことが好きです。

 愛してくれなくていい。
 抱きしめてくれなくていい。
 わたしのことが怖いなら、わたしから逃げていい。
 わたしのことが憎いなら、わたしを殴っていい。
 何度も何度もそう言ったけど、
 お母さんは、そう言うわたしのことがわからないって首を振ったけど、
 本当に、それでよかったんです。

 お母さんが、やすらかであること。
 お母さんが、泣かないでいてくれること。
 それがわたしの慶びです。
 わたしの身体が消えても。
 それに伴う意識が消えても。

 ……書きたいこと、たくさんあります。
 あんなこともこんなこともあったねなんて、普通に話し合える親子であったならどれだけよかっただろう、って
 自分も大人になってみて、最近少しだけ思うけれど。
 それでも、わたしは、あるがままでわたし。
 あるがままのお母さんを愛しています。
 お母さん。
 好きです。

 好きです。
 こう言うことも、きっとお母さんを怖がらせるけれど、それでも言わずにいられないんです。
 わたしには、それしかありませんでした。
 愛しいきもち。
 それだけ。


 お母さんがいたから、わたしは今まで生きてこれました。
 こんな醜い身体を引きずって、それでも、
 お母さんの傍にいたくって、生きてきました。
 本当はすぐにでも消えるべきだったのはわかっています。離れて暮らすこと、選ぶべきだったのも、わかっています。だけどできなかった。お母さんから離れることが、わたしにとっては、一番つらいことだったんです。
 そのエゴでどれだけお母さんを苦しめたか知れません。
 ごめんね。

 わたしをぶつときに、震えてためらうお母さんが好きでした。
 優しくしてくれて、ありがとう。
 優しさなんかじゃないって思うかもしれないけど、それは確かに優しさなんです。
 お母さんは、本当は、とっても優しいひとなんです。

 なのにわたしのせいで、随分ひどい思いをさせてしまいました。
 ごめんね。
 二十五年間と二ヶ月とちょっと。多分、そのくらい。
 お母さんと一緒にいることができて、わたしは幸せでした。

 そうして幸せなままゆけると思います。
 もうそろそろ、行かなくちゃいけないみたいです。
 だからお母さん、どうか、
 幸せに、なってください。


 ――たくさん困らせて、ごめんね。

 好きです。
 好きです、
 好きです……、
 ……、
 ――好きです。

 お母さん。
 わたし、生まれてきて、ごめんなさい。
 今日まで生きてきてしまって、ごめんなさい。
 ――幸せでした。

 生まれてこれて、よかった。

 本当に、本当に、大好きだったよ。






せせり




 

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